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11/1(木)「赤江珠緒たまむすび」の生放送の模様が番組HPに掲載されています。
https://www.tbsradio.jp/309255

放送も聞けるんだ。便利な世の中になったんですね。
赤坂のTBS放送センターという巨大なビルの9Fにある第7スタジオで
収録されましたが、窓が広くて眺めがよくて、遮るものがないので、
晴れて気持ちのいい午後した。

赤江さんは素敵な方で、ピエール瀧さんは「とと姉ちゃん」のお父さんキャラを
どこかに醸し出していました。
忘れたのは映画「僕達急行A列車で行こう」の話でした。
あの上司役のピエールさん、誠実で良かったんだ。

番組の皆さん、ありがとうございました。
お聞きいただいた方にも感謝感激!です。

#赤江珠緒
#たまむすび
#ピエール瀧

I've been at TBS Radio on 01.Nov. for the broadcasting about tunnels.

1)横田隧道 DSC_1097DSC_1118
昨日、番組ロケで行った横田自転車道。
久しぶりに行ったら、廃トンネルの第5トンネル前は倒木で通行できる状態ではありませんでした。
でも、最初の横田トンネルのスレート板とのグラデーション感、第4トンネル(赤坂トンネル:156m)がいい感じに武蔵野の面影を醸し出していました。
馬場D、平田AD、お世話になってます。
私、馬場D推しです。。。

☆彡わけあり!レッドゾーン(放送予定)…花田、単独ゲスト出演します。
読売テレビ:12/8(土)深夜 ※日曜早朝
日本テレビ:12/13(日)深夜 ※月曜早朝
★出演:ライセンス、NMB48(渋谷凪咲)
※フルでも配信あり。

I went to Yokota tunnel at west Tokyo last day for the shooting of TV.

#わけありレッドゾーン、#馬場ディレクター、#横田トンネル、#赤坂トンネル

1)横田隧道 
日本テレビ(読売テレビ)「わけあり!レッドゾーン」(12月中旬放送予定)のロケで武蔵村山の横田自転車道のトンネル群へいってきます。

#横田自転車道
#わけありレッドゾーン
#馬場ディレクター

Here we go to Musashi-murayama for the shooting of TV.

10/20(土)14:30~成城学園(東京都世田谷区)で花田が”トンネル歩き”の講演をします。今回は90分もあるので、熱く語れると思います。
学校関係の方でなくても入場可(無料、下記HPから事前申込)。
まだ空きあります。
映画「トンネル~闇に鎖された男」の映画館で展示したジオラマも持参しますので、よかったらいらしてください。
⇒https://www.seijo-dosokai.com/archives/10086/

#横須賀トンネルシンポジウム
#花田欣也
#顔がでかすぎ

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横須賀トンネルシンポジウムの満席の熱気、花田には忘れられません!

#横須賀トンネルシンポジウム、#安針塚、#京急600系

Hmm, I can't forget the heat of Yokosuka Tunnel Syomposium.

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※安針塚駅にて(15号トンネル)

昨日「ヴェルグよこすか」で開催された「横須賀トンネルシンポジウム」、
開場170席満席の盛況で、平沼義之さん、石井あつこさん、イワイガワジョニ男さんと4人で”トンネル愛”を熱く語り合いました。
いらして頂いたトンネルファンの皆さんの多さにもびっくり。
だって、トンネル行はいつも一人ぼっちでしたから。

長年のトンネル研究と壮絶な経験を、全開でお話しいただいた廃道研究家の第一人者・平沼さん、廃道のみならず、道、トンネルに広く造詣が深く、その調査の深さが半端ない石井あつこさん、ステージ上の至近距離で見るともう笑いが止まらないイワイガワジョニ男さん、そんな3人に挟まれて、光栄な、そして楽しい2時間はあっという間でした。
ご来場された皆さん、登壇者の皆さん、MC&事務局の皆さん、本当にありがとうございました。

12/15(土)、1/13(日)開催(選択性)の日帰りの静岡トンネルあるきバスツアーのほうも、ぜひぜひご参加ください。花田、同行説明します。お待ちしています。
https://www2.asahiryoko.com/djweb/TourDetail.aspx?tc=C18260180001

I went upthe stage of "Yokosuka Tunnel Symposium" on 07.OCT.
I really enjoyed with a lot of fans of Tunnel. I'm so thankful for all.

花田欣也

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※梅田トンネルにて。

いよいよ明日!横須賀のトンネルシンポジウムに登壇します。
(入場券はすでに満席だそうです)
おかげさまで、今月は講演がもう1本、昨日TV出演も決まりました。
ツアーも本腰モードで、がんばります。

I'll be at Yokosuka tommorow for "Yokosuka Tunnel Symposium" by Keikyu.

#横須賀トンネルシンポジウム

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京急の15号トンネル。日曜日に行くぞー!

I'll go to Yokosuka city via a lot of tunnels of Keikyu train.

#横須賀トンネルシンポジウム、#安針塚トンネル

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京急安針塚駅に接する15号トンネル。
石造りですが、イギリス積みに昭和ヒトケタ開通の貫禄を感じます。

This is 15th tunnel of Keikyu R/W at Anshinzuka Sta.

#京急2100系、#京急1000系、#安針塚トンネル

トンネルシンポジウム中吊り_ol(最終)
10/7(日)、13時から市内のヴェルグトンネルよこすかにて、トンネルカード第2弾を記念して、「トンネルシンポジウム」が開催されます。
廃道研究家の平沼義之さん、石井あつこさん、人気芸人のイワイガワジョニ男さんなど、トンネルを愛する4名によるクロストークは、なかなかありません。
今、京急線、都営浅草線の中吊り広告にも掲載されています。
申込は、以下にてどうぞ(無料、事前予約制)。
結構、人気があるようで、満席になるかもしれません。

◆横須賀市トンネルシンポジウム
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2150/nagekomi/20180827.html

Yokosuka city will hold 1st "Tunnel symposium" at Yokosuka city. I also join it, so I'll enjoy.

#横須賀トンネルシンポ、#トンエルシンポジウム、#横須賀トンネルカード

トンネルシンポジウム中吊り_ol(最終)
トンネルにすごく詳しい皆さんとご一緒します。
申し込みは横須賀市で受付中。
このポスターは、中吊りで京急線、都営地下鉄線車内に掲出中です。
#トンネルシンポジウム、#トンネルカード、#横須賀トンネル

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珍しいツアー、今回は宇津ノ谷明治トンネルと厳井寺トンネルを歩きます。
12/15(土),1/13(日)の開催です。
ぜひご参加ください。お一人でもOK!
詳しくは、朝日旅行~トンネル、で検索してみてください。

The rear tunnel visiting tour to Shizuoka area will hold on Dec.15 and 13.Jan by Asahi tours with me!!

#朝日旅行 トンネル、
#トンネルツアー

3)douhyou0)sugibayashi5)旧佐敷隧道 IMG_6056

熊本県の旧津奈木トンネル。
国道3号線の旧道沿いに今も残る貴重な文化財です。
NHK「西郷どん」を観ていますが、「薩摩/江戸」の道標(再現)がニクい
演出で、当時を偲ばせる旧街道の杉並木は壮観です。

This is ole Tsunagi tunnel in Kumamoto pref. The road has used for Route 3 in old days.

☆彡@DIME(小学館)、グノシー、Yahoo!!ニュースに掲載中です。
~「トンネル歩き」の第一人者に聞く初心者にオススメのトンネル7選~
https://dime.jp/genre/540093/
※第一人者とはおこがましいですが。。。

#旧津奈木トンネル、#隧道、#トンネル、#旅するトンネル発売中

◇グノシーより
https://gunosy.com/articles/RNSTF

昨日お知らせした「初心者にオススメのトンネル7選」が、グノシー、Yahoo!!ニュースにも掲載されました。ありがとうございます!

☆彡取材も歓迎します。トップページ左下の問い合わせフォームから、
お願いします。

#トンネル #隧道 #トンネル歩き #旅するトンネル発売中

◇@DIME「トンネル歩きの第一人者に聞く初心者にオススメのトンネル7選」
https://dime.jp/genre/540093/

”第一人者”はおこがましいです。
それはともかく、掲載していただいた関係者の皆さまありがとうございました。

今回は、トンネルの先の橋が時々工事して通行止めになる旧御坂トンネル(冬季も通行止め)以外は、比較的安全なところを選びました。

とはいえ、愛媛県西予町の旧三瓶トンネルは、中山間地域の人口減少で、安泰とは言い難いし、行かれる方は地元の観光協会か役場の道路管理もしくは土木課へお問い合わせの上、のほうがベターに思います。

トンネル歩きを楽しんでいただければ幸いです。

※旧三瓶トンネルの中。大正ロマンを感じさせ、とても幻想的です。よくこの状態を保っていると感じます。西予市役所の関係者の方々にも感謝!
5)三瓶隧道IMG_3805

My interview report for the 7 recommended tunnels in Japan has inserted on "@DIME".

☆彡全国16か所の”歩くトンネル”の訪問記「旅するトンネル」(本の研究社)、
amazon.co.jpより好評発売中!

#トンネル歩き #トンネル #隧道 #@DIMEトンネル

DSC_2137DSC_2105
/MEMO]
日本最古の煉瓦による現役道がこの宇津ノ谷明治トンネル。静岡駅からしずてつジャストライン藤枝駅行で30分くらい、宇津ノ谷入口から歩いて30分ほど。道の駅で行き方を教えてくれますし、東海自然歩道でも整備の行き届いた区間です。

This is the most historical tunnel in Japan named "Utsunoya Meiji Tunnel" in Shizuoka pref.

#旅するトンネルamazonで発売中 #宇津ノ谷明治トンネル #tunnel
#隧道

◎DSC_2651◎DSC_2650
歩くトンネルの訪問記「旅するトンネル」が、本日発売の「山と渓谷」3月号の書籍紹介コーナーに掲載されました。これで新聞、雑誌で5誌め。
そして、ヤマケイの女性編集者の方・Tさんはペ・ドウナ「空気人形」のファンでした。奇遇!ちながって、います!

#山と渓谷 #amazon旅するトンネルで発売中 #空気人形

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横須賀といえば、トンネルの町!
京急・横須賀中央駅でトンネルから出てくる2100系快速もかっこいい!
先月amazonより発売の拙著「旅するトンネル」でも冒頭に掲載していますが、
タイミングもよく、今週より市内で「トンネルカード」を頒布しています。
もちろん、全国初で、Map付。10種類全部集めると、レアカードがもらえます。市内の対象店舗でトンネルコラボ商品を購入すると1枚もらえますが、まずは観光案内所スカナビでMapを入手するのがいいかもしれません。
がんばれ!横須賀市!

Wow! This is first trial, Yokosuka city begin to distribute "Tunnel card" at some shop in Yokosuka city.

#横須賀トンネルカード #旅するトンネル #京急1000系 #京急2100系

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1/28発売号に出ます。小さな枠ですが
光栄です。

旅するトンネル表紙データ
歩くトンネルの訪問記「旅するトンネル」がAmazonんpランキング(プリントオンデマンド)でベスト50入りしました。
ご購入いただいた方、本当にありがとうございます。
シェアしていただけるとありがたいです。

◇毎日新聞12/24特集面掲載
https://mainichi.jp/articles/20171224/ddl/k13/100/011000c

#旅するトンネル #毎日トンネル #インフラツーリズム

◇毎日新聞12/24(首都圏・関東版)より
https://mainichi.jp/articles/20171224/ddl/k13/100/011000c

昨日の毎日朝刊の「宇津ノ谷明治トンネル」および拙著「旅するトンネル」の掲載に、皆さまから励ましのお言葉をいただきました。ありがとうございます。
この場を借りて毎日の成田さん、駿府ウエイブのガイド・望月さん7、そして出版に際してお骨折りいただいた多くのみなさまに御礼申し上げます。
宇津の谷明治隧道  IMG_3298宇津の谷明治隧道  IMG_33021)宇津の谷明治隧道 IMG_3293

#旅するトンネル毎日新聞 #amazon旅するトンネル

毎日新聞1224jpeg
おかげさまで、今朝の毎日新聞(首都圏・関東版)に、
拙著「旅するトンネル」に関する特集記事、
具体的には静岡県の「宇津ノ谷明治トンネル」の、
記者さんとの同行取材記事が掲載されました。
地元「駿府ウエイブ」のガイドさんをはじめ、
関係者の方々に心から感謝します。

◇毎日新聞WEB版
https://mainichi.jp/articles/20171224/ddl/k13/100/011000c

このトンネルは、明治に入って、
日本で最初の本格的な煉瓦トンネルとして造られ、
近代土木遺産、国の登録有形文化財にも指定されています。

なんといっても、カンテラ風のレトロな洞内、
そして静岡側の入り口がフォトジェkニックで、
”インスタ映え”します!

静岡駅からしずてつジャストライン(路線バス)藤枝駅行で約30分、
「宇津ノ谷入口」から旧東海道を歩き、
宇津ノ谷の集落(江戸時代から旅人の休み処として繁栄)を通って、
約30分ほどで着きます。

これほど綺麗に保存された明治の静かなトンネルは、
同じ静岡県の天城トンネルと、ここかな?

素敵な、そして先人の努力を体感できるトンネルです。

#宇津ノ谷明治トンネル #宇津ノ谷明治隧道 #宇津ノ谷毎日 #旅するトンネル #インスタ映えトンネル

1)宇津の谷明治隧道 IMG_3293DSC_2137DSC_2146

My first book "Tabisuru-tunnel"(旅するトンネル) has published
and selled by amazon.co.jp. So, the report of "Utsunoya-Meiji tunnel" will insert in Mainichi news and rhe web.

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来年は明治150周年!がんばるトンネルと宇津ノ谷の方々に、本当に感謝!

#宇津ノ谷明治トンネル #旅するトンネル

☆彡全国の”歩くトンネル”の探訪記「旅するトンネル」Amazon~旅するトンネル、検索。公表販売中です!

This is Utsuno-ya Meiji tunnel at Shizuoka city. Oh! feel tradition and shinning.

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DSC_2122DSC_2134DSC_2139

行ってまいりました。宇津ノ谷明治トンネル(静岡市)。
晩秋の名残りで、石畳に紅葉が残る風情。
ひかり463号からは、新富士の辺りで綺麗な富士山も。
静岡駅北口⑦番のりばから、藤枝行バスで約30分、宇津ノ谷入口で下車後、
よく整備された道を歩くこと30分くらい。
この時期に珍しい温かな快晴に恵まれた”宇津ノ谷あるき”、
改めてレポートします。
(帰りはもちろん、黒おでん!)

I've visited to Utsuno-ya Meiji tunnel in Shizuoka pref.
It's so photojenic!

☆彡全国の歩くトンネルの探訪本「旅するトンネル」発売中!
(Amazon~旅するトンネル、で検索)

#旅するトンネル #宇津ノ谷明治トンネル #tunnnel

1)宇津の谷明治隧道 IMG_3293.宇津の谷明治隧道  IMG_3302

この週明け、ついに宇津ノ谷明治トンネルと再会!です。
静岡駅から藤枝行バスで20分、歩いて30分くらい。
かっこいいなあ!!

☆彡歩くトンネルの訪問記「旅するトンネル」好評発売中!(Amazon~旅するトンネルで検索)

#宇津ノ谷明治トンネル #旅するトンネル

I'll go to Shizuoka city for visiting to Utsunoya-Meiji Tunnel forthe gatering.

旅するトンネル表紙データ
当HPのブログ、専用ページでお知らせしてきました、
トンネル歩きの魅力本「旅するトンネル」(本の研究社)が、
ついにAmazonで予約受付開始となりました。
※AmazonのHPで「旅するトンネル」と検索すると、予約できます。
(12/1発売予定)

おすすめポイントを3つほど。

1、著者(私)自ら歩いた秋田から熊本まで、全国16箇所の”歩くトンネル”を掲載(明治の産業遺産の現役トンネルから旧道の秘境トンネルまで)。

2、特別編として「トンネル闇に鎖された男」出演のペ・ドゥナについて、その真摯な仕事や生き方を紹介。同作や「空気人形」のスチール写真や、ジオラマも掲載しています。

3、巻末に書き下ろしの短編付き。著者が初めて訪れた中国地方の城下町にあるK隧道をモデルに書きました。ナゾの韓国の女性!が登場します。

税別1,750円、というのは高めで、当HPをご覧の皆さんには申し訳ないのですが、Amazonのプリント・オン・デマンドの仕組み上、致し方ないところです。

そこで!
当HPをご覧の皆様に抽選で3名様にプレゼントします。

①申し込み方法…HP左側の”投書箱”(非公開)に「旅するトンネル」プレゼント希望、と明記され、お名前と連絡可能なメールアドレスを記載してください。

②申し込み期限…12月8日(金)

③プレゼントの送付…申し込み多数の場合は抽選の上、当選された方にのみ、メールアドレスへ連絡いたします(折り返し、送付先をお知らせください)。

<<メデイア掲載情報!>>

◇毎日新聞12/24朝刊に「宇津ノ谷明治トンネル」の同行取材記事が掲載。

◇「男の隠れ家」1月号の書籍紹介コーナーに掲載。

※その他、20以上のネットニュース等に取り上げていただいて、
心から御礼申し上げます。お問い合わせは”投書箱”へお願いします。

#旅するトンネル #Amazon旅するトンネル、#ペドウナ、
#doonabae、#長いトンネル、#tunnel、#トンネル本、#トンネルジオラマ

My new book "Tabisuru Tunnel"(Tunnel tourism) will sell in Amazon's Hp. Sorry, it'll sell in Japan only...

平六隧道近く IMG_3115筒井隧道 IMG_3122梅田隧道 IMG_3132
 横須賀は古くから隧道の多い町。
道路用のものだけで120箇所以上もあるという。
この町のように隧道が密集している商業地・住宅地に程近いエリアは、
首都圏はもちろん、全国でも珍しい。この町に隧道が多い理由は主に3つ。

 第一に、港や海岸近くに平地が少なく、丘のような低い山地が海に迫った複雑に入り組んだ地形であり、隣の町へ行くにも不便を強いられ、隧道による利便性が求められていたこと
 第二の理由として、この町が明治時代から戦後の米軍占領時に至るまで日本を代表する軍港であったことが挙げられる。
とりわけ戦前は軍港や砲台を有するこの町において軍事上のヒト・モノの輸送ルートとして、多くの隧道が設けられた、特殊事情があった。
 第三に、大正末から戦前にかけて、都市化の進行により周辺地域との道路網を設けるにあたり、自動車用のサイズの大きい隧道を数多く建設したことがある。
 海に面した入り組んだ地形の町ゆえ、東日本大震災後は貴重なバイパス道として、防災上の役割もより大きくなっていくことだろう。

 そのようなわけで、首都圏から電車でわずか1時間余りの交通至便な町に、今なお「現役」の隧道が数多く存在している。最近では、地元の自治体が旅行会社などと一緒に「トンネルめぐりツアー」を開催したり、これらの隧道が、興味深い歴史と相まって、静かな人気を呼んでいる。

 まだ、吹く風の寒い3月の初めの快晴の日、初めて横須賀を訪れた。
「トンネルMap」(現在は休刊) おすすめのコースは、
横須賀中央駅から京急で少し戻った追浜(おっぱま)駅からスタートするのだが、その京急線がまた隧道の宝庫である。
横浜から横須賀まで、隧道また隧道の連続する区間が随所にあり、
横須賀中央のように隧道と隧道の狭間に位置する駅もいくつかあって、隧道好きには飽きない。京急は、運転席後ろのカーテンを下してしまうJR横須賀線と違って、先頭車両からの前面展望が楽しめるのも嬉しい。
追浜(おっぱま)駅で降りて、Mapを片手にのんびりと歩いてみた。

☆向坂隧道(昭和8年開通/全長70m)
向坂隧道 IMG_3105
 追浜駅から線路沿いに少し横浜方面に進み、線路から左へ山手に進む。鷹取という町の閑静な住宅街を、山の傾斜をあてに進んでいく。
この辺は「谷戸」(やと)と呼ばれる丘陵地が浸食されて形成された谷状に入り組んだ地形で、坂が多い。谷のような地形を奥に進んでもなお住宅が続き、その先の隣町に通じる細い道に立ち並ぶ民家の先に突然、ポッカリと黒い口をあけた隧道が見えた。道を進んで近づいてみると、隧道の直前まで民家が建ち並び、「クロネコヤマト」の宅急便のお兄さんが忙しく走り回っていた。

 隧道内部は赤い煉瓦で覆われており、Mapによると当初は素掘りの隧道だったが、昭和58年に現在の姿に改修されたとのこと。幅は3mしかなく、横須賀の隧道の中では最も狭いという。蛍光灯の灯る隧道内は、人通りが少ないこともあって少々気味が悪いが、出口付近では近くを走る京急の電車の音も聞こえるのでホッとする。出口を出ると、また民家が続く。やはり地理的には、追浜駅の裏手の山を貫く隧道であった。

☆平六(へいろく)隧道(昭和14年開通/全長90m)
平六隧道 IMG_3117
 向坂隧道を出て、京急の踏切を越え、国道を越える。
この隧道も、Mapの簡略図ではたどり着けない細い道にあり、辺りにいた地元の主婦に聞きながら進んだ。
 平六隧道もまた、都市の近郊にどこにでもあるような住宅地の奥にあった。先の向坂隧道もそうだが、隧道に至るまでの住宅街は平地で、小さなスナックがあったり、いわゆる「町」の風景が展開している。隧道の「闇」とわずか数十mの所に、「町」の日常の生活が存在しているところが興味深い。
平六隧道の近くには、「幅員狭小」の道路予告標示が立てられていたり、電柱にも「この先、階段と1m以下の道となり通り抜けできません」と貼られていたり、まるで“あちらの世界”がすぐそこに存在することを予告しているように感じ、心がざわめく。
 新興住宅地と隧道、そしてその先にある異次元の世界というフィクションは、宮崎駿監督のアニメーション映画「千と千尋の神隠し」でも描かれているが、こうした点景には隧道に対するロマンチシズムを感じる。

 平六隧道は丘陵地に造成した新興住宅地の奥、ゆるやかな坂を上がった先にあった。隧道の中に坂のトップの地点があり、隧道の天井が極立って低いために(約2.5m)、かなりの圧迫感がある。蛍光灯が頭に触れてしまいそうだったが、隧道内は照明の効果で明るかった。感覚としては、ワインセラーのようなサイズの隧道で、何だか“家”の中にいるようだ。
 壁面などよく補修もされており、通行していて安心感がある。安心の理由はもうひとつあって、出口を出るとすぐ小学校の裏側に出る。きっと小学生の通学路にもなっているのだろう。ただ、隧道出口の低い坑門の上はわりと深い竹林になっており、子どもたちでなくともちょっと怖そうな雰囲気だ。昼どきだったので、出口付近には小学校の給食らしき騒音、それを先生が注意する声まで聞こえた。海が近いので、トンビの鳴き声も響いていた。

☆梅田隧道(明治20年開通/全長204m)
梅田隧道 IMG_3131
 平六隧道を出て、Mapに沿って、筒井隧道というやたら背の高い坑門が特徴のスタイリッシュな隧道を通り抜けた後、蕎麦屋に入り、エビフライと目玉焼きの定食で昼食。
蕎麦屋にて IMG_3125
 蕎麦屋の奥さんに尋ねてみると、梅田隧道はここから少し戻り、道を山の方向に行く旧道の先にあると教えてくれた。さすがは現役の隧道で、地元の人に隧道の名前を出すと、不思議がられることなく、即座に回答を得られた。
 旧道は緑の木々の多く茂った切り通しになっており、春の陽ざしが山あいの住宅地に降り注いでいた。のんびりとして、散歩にいい道だ。梅田隧道は、切り通しの奥にあり、苔むした坑門が、明治20年建造の“時代”を感じさせた。内部も補修が重ねられているようで、トタン造りのガレージの中のような印象だが、堂々たるスケールは、今日訪れた中で最も隧道らしい隧道だ。中は蛍光灯で意外に明るく、地元の人たちの通行もあり、いまなお現役。出口を出てふりかえると、隧道の上に深い青空が広がり、脇に建つ現代的な大型マンションとのミスマッチな対比も、何か美しさを感じさせた。

☆千駄(せんだ)隧道(大正15年開通/全長116m)
千駄隧道IMG_3147千駄隧道IMG_3146
 梅田隧道から国道16号線へ出て、田浦の市街地へ下りていく。
駅のホームが煉瓦造りの2つの隧道に挟まれたJR田浦駅から、横須賀線に乗って、久里浜へ向かった。
 しかし、あっという間に終点の久里浜駅に着くと、運良くすぐに野比海岸行きのバスがやってきた。ペリーの来航地として有名な久里浜のペリー海岸を通り、千駄ヶ崎というバス停で下車。辺りは三浦半島の先端近くの風光明媚な所で、切り通しのバス停付近からすぐ先に野比海岸が見えたが、海とは逆の道へと引き返し、左手の山地へ伸びる細い道を上がっていく。
 この辺りもMapの記載では判別がつかないのだが、細い山道の先から地元の車が数台下りてくるし、奥の方には集落が見えたので、もうその先に隧道がありそうな予感がして、わくわくしながら進んだ。
「自治会館」と表示された小さな平屋の建物を左に見て、山手に進むと、左にカーブした先に、どん、と小さな隧道が現われた。
 隧道手前の切り通しのコンクリが苔むしており、内部の古ぼけた蛍光灯がいい感じだ。十分な明かりがあるので、圧迫感のあるミニサイズのわりには明るく、中もよく補修されていて、水漏れもほとんどない。何より、地元の人々の往来が結構あり、夕刊を配達する新聞配達のお兄さんや犬と散歩するおじさんなど、この細い道が付近の人々の重要な通行路になっていることを伺わせた。出口のあたりも緑が豊かで、何か心が落ち着く隧道だ。
 今来た道を引き返して、バス停へ出て、野比海岸を歩いてみた。雲ひとつない快晴の夕刻、京急バスのブルーが、青い空と海、そしてどこまでも明るい春の陽ざしと相まって、この半島の至るところに薄暗い隧道が数多く存在していることが、何とも不思議に思えた。

 帰りに逗子駅で下車し、近くの地元の居酒屋で瓶ビールを1本、よく歩いた自分をたたえて、ひとり乾杯した。「しこ刺し」という鰯の一種の銀色に輝く刺身が、舌ざわりも滑らかにトロトロして旨かった。春の海を想起させてくれる一品だった。 

※平成22年3月訪問

「静岡の明治生まれの隧道」
◆宇津ノ谷明治隧道:明治9年建造/203m
◆厳井寺(がんしょうじ)隧道:明治38年建造/137m
※ともに土木学会の選出した近代土木遺産です。

4月下旬のまだ肌寒い朝、新幹線の「ひかり号」で静岡駅に下り、
北口4番のりばから路線バス(しずてつジャストライン)の
JR藤枝駅行きに乗った。
国道1号を行くこと約20分余り、町と町の間にある峠の麓まで来た。
1号線は、ここから宇津ノ谷隧道(平成隧道)に入り、
程なく藤枝市街地へ抜けていくので、隧道手前のバス停「宇津ノ谷入口」で
バスを下りた。
宇津の谷バス停 IMG_3286
ここには「道の駅」があり、隧道周辺の観光Mapをもらった。
今回の目的地「宇津ノ谷明治隧道」へ行くハイキング道の標示もわかりやすく
掲載されていて、安心な気持ちになった。

「宇津ノ谷峠」は旧東海道の要衝で、明治9年に現在のハイキング道(旧々道)になっている東海道に隧道が設けられ、明治37年に現在の姿に改修された。
大正末期には現在の旧国道に新たな隧道が建設されて昭和5年に開通し、
モータリゼーションの進化を受けて昭和34年に現国道1号の新隧道(現・上り線)が開通。なお増加しつづける通行量に対応し、平成10年には国道1号(現・下り線)に複線的に並行する隧道も開通した。峠に計4箇所も現存する隧道は、それぞれ古い順に「明治隧道」、「大正隧道」、「昭和隧道」、「平成隧道」と称されており、一番古い「明治隧道」は国の登録有形文化財である。

現国道1号線の宇津ノ谷隧道(平成隧道)に入る手前を、
標示に沿って左の旧道へ折れる。
程なく国道をオーバークロスし、
「平成隧道」の右手に伸びる山道を歩いていくと、
まもなく左手に「明治隧道」への標示がある。
道は石畳が敷かれて良く整備され、自然と調和した散策に適した山道である。
カーブを繰り返しながら歩いて行くと宇津ノ谷の集落が現れ、
坂沿いの石畳の道や商家が見事に残っていて、
江戸時代の東海道の宿場町のたたずまいが色濃く、
木曽の馬籠宿あたりを思い出す風景だ。
宇津の谷 IMG_3290
宇津ノ谷の宿場町を過ぎ、坂道を上りきった所に小さな休憩所があり
今来た宿場町の風景を見下ろすこともできるが、標示でお目当ての
「明治隧道」がすぐ近くにあることがわかった。
再び道を進もうとすると、すぐ先、休憩場の裏手に、
その「隧道」が口を開けていた。
宇津の谷明治隧道 IMG_3292宇津の谷明治隧道 IMG_3293
一目見て、見事な煉瓦積みの坑門に心を奪われた。
折しも今朝まで雨が降っていたこともあり、
隧道入口周りの“苔むし感”が絶妙で、清冽な空気に映えている。
人気(ひとけ)がない代わり、ウグイスの鳴き声がシャワーのように響いている。

隧道の中に足を踏み入れると、冷たい山の爛気が通り抜けて、身が引きしまる。長さは約200mあるが、直線隧道なので、出口ははっきり見えており、
怖さはない。天井にはオレンジ色の“カンテラ”風の照明が8個ほど点いていて、レトロチックで観光素材としても絵になるオブジェだ。
“カンテラ”は明るく、隧道内部を程よく照らしていて、
煉瓦積みの美しさもよく分かる。
幅5.4m、高さ3.6mの坑門のバランスの良い穴の形、そして長年幾人もの
人馬が通ってきた十分な歴史…保存状況も悪くなく、立派な隧道である。
宇津の谷明治隧道 IMG_3296
出口の先はS字にカーブしていて、いかにも山中の峠道の風情がある。
明治9年に開通した当時は、旧東海道の要衝として、
通行料(人:6厘、かご1銭2厘)を徴収し、現代の有料道路のはしりだった。

山道を下りていくと左下に国道1号が見え、合流し少し歩くと、
「廻り沢口」というバス停があり、先ほどの藤枝駅行きの路線バスに
再度乗車することにした(1時間に2本程度の運行)。
JR藤枝駅からは、東海道本線の普通列車で約30分、掛川駅で下車し、
駅前から「しずてつバス」の大東営業所行きに乗る。
やはり1時間に1、2本の便で、少し時間があったので、
休憩を兼ねて駅前ロータリー脇の喫茶店で、
懐かしいナポリタンと珈琲の昼食にした。
藤枝駅前で IMG_3307

昼食後、バスで県道38号線(掛川大東線)を南へ進み、約20分ほど。
「子隣(こどなり)」というバス停で下りた。
厳井寺隧道近く IMG_3309
ここは山の中ではなく、辺りは変哲のない平らな田園地帯で、
バス停も見通しのよい交差点の手前にあった。
向いにはコンビニもあり、一体どこに隧道があるのだろう…と、
“期待外れ”への不安がよぎったが、
交差点を渡ると、先に小高い森が見えた。
どうやらその辺りに隧道があるようで、一気に胸が躍ってきた。

交差点を右へ曲がり、すぐに左へ折れると、
先の県道と並行する細い道があった。
森と言うより、起伏のある丘陵地で、すぐに木々が迫り、右手には古びた
トタン屋根の小さな工場が現れた。
厳井寺隧道近く IMG_3310
すでに閉鎖された配管工場のようだった。
人気(ひとけ)は全くなく、気分はさらに昂揚した。
薄気味悪い道をさらに進むと、竹林だ。
前に訪れた横須賀の千駄(せんだ)隧道も、近くに竹林が広がっていたので、
これは吉兆、と感じながら、さらに進むと、
カーブした道の先に…どかーん!と現れた。
あの、津和野の「K隧道」の迫力を思い出させる
「厳井寺(がんしょうじ)隧道」だ。
厳井寺隧道  IMG_3311厳井寺隧道 
晴天にもかかわらず、周囲は日当たりが悪くて薄暗い。
かなりハードに苔で覆われた銘板やポータルが、その威圧感を増幅している。
先の宇津ノ谷隧道(明治隧道)ではウグイスの声が聞こえたが、
こちらはカラスががあがあ鳴いている。
直線のさほど長くない隧道で、出口が見えているのが救いだった。
厳井寺隧道IMG_3315
隧道に入ると、蛍光灯は点いているが暗めで、
中は冷気が漂って、一層に怖さを感じる。
しかしだんだんに目が暗さに慣れてきて、
内部の煉瓦の補修状況などに関心が行くようになると、
しっかりとした造りの隧道であることが判ってきた。
厳井寺隧道IMG_3325厳井寺隧道 IMG_3324
わずか137mの隧道を出ると、静岡らしく茶畑があり、
付近の農作業用の軽トラックが来て、今来た隧道の中へ入っていった。
ようやくようやくホッとした。

後から知ったことだが、明治38年に開通したこの隧道は、
製茶の効率的な輸送を主目的として、地元の熱意で設けられたという。
同じ静岡県内にあり、先ほどの「宇津ノ谷明治隧道」とほぼ同時期に開通した
歴史ある隧道だが、そのミッションが異なるところが面白いし、
静岡県は東日本で神奈川県と並んで歴史ある隧道の多い県でもある。

夕食は豊橋市内まで出て、市電で2つ目の電停で下り、
レトロな洋食屋で「カツライス」と、大好きな瓶ビールを注文した。
ラードで“カリカリこげこげ”に揚げたカツはかなりのボリュームがあったが、
体がくたくただったので完食したし、ビールなあっという間に体にしみ渡った。
豊橋市内で IMG_3382

(平成22年5月訪問)
宇津の谷明治隧道  IMG_3298

#宇津ノ谷明治隧道、宇津ノ谷明治トンネル、#厳井寺隧道、#厳井寺トンネル、#tunnel、#tunnels、#静岡のトンネル

「こどもの国」の隧道(昭和40年建造)

東京都大田区出身の私にとって、「こどもの国」(神奈川県横浜市)は小学校の遠足の定番目的地。昭和40年(1965年)に、当時の皇太子殿下(現・天皇陛下)のご成婚記念事業の一環として開園され、一般公募で決まったシンボルマークは、当時の東急・こどもの国線電車のヘッドマークにも揚げられた。

9月の暑い日に、およそ40年ぶりに「こどもの国」を訪れた。長津田(ながつた)駅からの東急こどもの国線は、車両こそリニューアルされたが、単線をゆっくり走るスピード感や、意外なほどに田園風景の残る車窓は、この40年で劇的な変貌を遂げた田園都市線とは対象的だった。
 こどもの国駅に着き、程なく歩道橋を跨ぐと「こどもの国」入口に着く。例のシンボルマークが、看板や標示などに残っている。5色のマークは、開園前年の東京オリンピックをイメージした当時の中学生のアイデアだそうだが、それはサーカスのピエロの帽子のようで、“昭和”の懐かしさがあった。
 入口を入って、園内Mapに沿って右手へ曲がると、いきなり、煉瓦の古びたポータルが見えた。第一隧道(46m)だ。
第一隧道 IMG_6784
 ファミリー向けの遊園でありながら、これは明らかに「隧道」であり、長さはごく短いものの、ポータル(坑門)の中には闇が広がっている。その闇の中へ、当たり前のように、ママと小さな息子の親子2人が入っていった。
第一隧道へ IMG_6779
 隧道に近づいてみると、植林した杉の木立や夏草の生い繁る“山”を貫いて、苔むしたポータルが構えている。ポータルはコンクリート製で、煉瓦風に「刻み」を入れて、煉瓦の色に塗ったものだが、開園から50年近く経過し、すでにポータルの上部が苔むしていて、隧道らしさが増している。人生50年で出る“味”のようなものか…。

 平日の午前中ということで、園内のお客は疎ら(まばら)だが、若いファミリーがポツポツと通り過ぎていく。小さな女の子はやはり闇を怖がるが、パパが隧道内で“お約束”の手を叩いたり、大きな声を出したりして、それがこだますることが分かると、女の子も真似をする。そんな微笑ましい光景は、私が今までに訪れた隧道では、まずもって見ることはなかったものだ。

 第一隧道を出て、牧場から道を左へ進むと、繁った木立の向うに隧道らしい側壁が見えた。しかも、側壁自体が渋い色に苔むしている。さらに左へ急カーブすると、第二隧道(75m)が現われた。
第二隧道IMG_6805
 今度は隧道として十分な長さ、そして闇が続いている。折しも空が暗く曇って、今にもポツポツ雨が落ちてきそうで、そういうシチュエーションだと、特に迫力がある隧道で、こんなものが「こどもの国」に現存するとは、と改めて驚いた。第一隧道はポータルを煉瓦色に塗装していたが、第二隧道は子どもを意識してブルーに塗っていた。しかし、やはり経年劣化で色が剥げ、しかも苔が吹いている。

 第二隧道を通り過ぎ、出口を振り返ると、そちら側がまた、凄い。ポータル上部からシダが垂れ下がっている。ポータルは一層“苔むし感”が濃く、デジカメのファインダーから覗くと「こどもの国」の“域”を超えたシュールな光景だった。そこを、SL風の園内バスが、SLのドラフト音の録音テープを流しながらやってきて、ゆっくりと隧道の中へ消えていった。
SLと第二隧道 IMG_6809
 SLも過ぎ去ってしまうと、“ツクツクホウシ”の蝉(せみ)時雨(しぐれ)に覆われ、ぽつりぽつりと雨も落ちてきて、前に訪れた滋賀県の深い山中にある杉本隧道を思い出した。平日の午前中ということはあったが、「こどもの国」の隧道の好ましい雰囲気は、隧道好きにとって申し分なく、40年前に遠足で訪れた小学生の「目」は間違ってなかった、と感じた。
 しかし、この先、時が経ち、この隧道はどうなるのだろう。隧道は補修されて、辺りの雰囲気はそのままかもしれないが、一方で少子高齢化が進み、「田園都市」の片隅にある「こどもの国」自体、どうなっていくのだろう。少なくとも、大田区の小学生たちが3両編成の「専用臨」を貸し切って「こどもの国」へ行ったあの時代が再来することはないだろう。そう思うと、あの日、釣り掛けモーターの音も勇ましく、“未開拓”の田園都市線をカッ飛ばして走っていた渋い緑色の電車の姿が心に甦る。
 その時の車両、東急3450系は「電車とバスの博物館」(東急田園都市線宮崎台駅下車)に、東急の”名車”として保存されている。Bトレインで作ろうかな。

※平成24年9月の画像です。

#こどもの国トンネル、#こどもの国隧道、#tunnel

「ヨーロッパの古城の風格・三瓶(みかめ)隧道」
(愛媛県西予市、大正6年建造、317m)

隧道を求めて、ついに四国へ渡ってきた。ところが、四国の魅力的な旧隧道は鉄道の線路から遠く離れた四国山地のなかに多くあり、山道を車で運転不可能な私には、そうした場所へ訪れることはできない。その中で、今回の三瓶隧道は、JR予讃本線の卯之町(うのまち)駅から距離的に近く、歩くのには手頃に思えて、8月の蒸し暑い日に訪れることにした。

 卯之町駅から三瓶行きの路線バスが、本数は少ないがあり、松山駅から特急「宇和海」の朝イチの始発で着いて、丁度いい接続でバスに乗ることができた。バスで盛夏の田んぼの中の道を走って15分足らずで、上狭間というバス停に着いた。
上狭間バス停 IMG_3787
 現在の県道260号線は現隧道(三瓶隧道)を経て、峠道を海へ下り、宇和海に面した入江の漁村・三瓶に至るが、バス停から、新隧道の手前を右折する旧道へ歩いて入った。
旧道 IMG_3789 
 杉の木立に囲まれた細い道は舗装されていて、左右にカーブを繰り返しながら徐々に高度を上げていく。回りの木々が杉から竹林に変わり、午前中なのに薄暗くなってきた。他の旧国道がそうであるように、車も人も全く通らないが、木々の間からバス停周辺の農家が少し見えている。実に静かな山道だが、過日、富山県の“池原三隧道”に行って凄い思いをしたので、この程度の孤独は過剰な恐怖には繋がらなかった。旧道といえども元県道の面影はあり、路面が比較的よく整備されていたので、その点も安心感があった。
旧道 IMG_3792 
 空は曇り、台風の影響でいつ雨が降ってもおかしくなかったが、聞こえるのは蝉時雨だけで、特に蜩(ひぐらし)の「カナカナカナ…」という鳴き声に懐しさを感じた。帰りのバスの時間も気になっていたが、もしバスに乗り遅れれば駅からタクシーを呼ぶ手もあるし、はるばるここまでやってきて道を急ぐのは勿体ない、と思った。私の隧道歩きは、若いころ体験したJR各線の“乗りつぶし”とは違う。今は、こうして自然の中を隧道目当てに一人で歩くのが好きだ。
 
 ゆっくりと歩いていると、路端に小さな道祖神が現れる。それも次から次へ、という感じで、さながら“道祖神参道”の態だ。道祖神のうちのひとつを見てみると、「終戦の地、復員32周年記念」と彫られているのが見えて、過去にこの道を、そしてこの先にある隧道を通って、当時の復員兵が故郷に帰ってきことを想起させた。そのような歴史ある道を、今こうして歩くことのできる幸せと平和に感謝し、道祖神が現れる度に手を合わせ、一礼して進んでいった。
旧道 IMG_3794
 歩き始めて30分ほど、前方が草むらで、いかにもこの先に隧道がありそうな「らしい」分岐が見えた。旧道に入って初めての車(軽トラ)が来て、その分岐を右折して過ぎていった。その分岐点まで差し掛かると、埃と泥にまみれた三瓶隧道の表示板が左に立っていた。いよいよ隧道の存在を確信して、分岐を左へ曲がると目の前に三瓶隧道が現れた。
三瓶隧道 IMG_3795
 一見して、端整な、と言うか、見事なまでに綺麗に積まれたポータルの煉瓦や、隧道内の橙色の灯りに、山中に似合わぬ爽やかな印象を持った。相変わらず、車も人も通行はなく、この隧道と一対一で向き合っている実感があるが、恐怖心が無いのは、大正生まれのこの隧道が、地元の方々の努力により、現在までよく整備されているからだろう。それに、蒸し暑い午前中の山中に、隧道の先から涼風がこちらへ吹き抜けてきて、なかなかに心地良かった。
落ちついて対峙して眺めても、ポータル部分の造りの美しさが際立っている。これは、立派な隧道だと思った。壁柱や迫石、そして坑内も、煉瓦で鮮やかに装飾されている。「大正6年10月竣功」とポータル上部の扁額に記されていて、大正モダンな洒落た雰囲気すら感じさせる。隧道は直線ながら延長317mとやや長めで、出口が小さく見えているので怖さはないが、隧道上部にいくつか設けられた照明は、橙色のレトロな輝きを放ち、昔のカンテラの灯りを思い出させる素敵な演出役だ。
三瓶隧道 IMG_3811三瓶隧道 IMG_3796
 隧道の内部にも煉瓦が精巧に積み重ねられ、開通から80年以上の時を経て、隧道は老いながらもなお美しさを放つ貴婦人のように佇んでいる。建設当時の匠の技と、その後の隧道管理者の努力の跡がひしひしと感じられた。人々から打ち捨てられた廃隧道とは違う“品格”があり、ヨーロッパの山中に佇む古城を思わせた。こんな素晴らしい隧道を早い時間から独り占めに出来る幸福。ここにいるのは、盛んに鳴く蜩(ひぐらし)と自分だけ。嬉しくて、隧道前の誰もいない道の上に、胡坐をかいて座った。隧道の奥からの心地良い風。ポータル上部の扁額は程よく苔に覆われ、辺りに鬱蒼と茂る杉林と相まって、入口付近はナチュラルな緑の香りがぷんぷんする。人生50年、今、ここで、齢80才を越える隧道を前に胡坐をかいている自分。ここはケータイも圏外で、今、自分も、日常の生活エリアから外れている。はるばる東京からやってきた甲斐があった。一刻も早く立ち去りたくなるような怖い隧道にも何度か来たが、これほど立ち去りがたい気持ちにさせる隧道に出会ったは初めてだった。
三瓶隧道 IMG_3813三瓶隧道IMG_3805
 路面の舗装状況も含め、ほぼパーフェクトな三瓶隧道だが、1点だけ残念なのは、隧道出口の先の道をを下った辺りに砂利採掘場があって、砂利トラックの走行音が少し耳障りなことだった。出口付近は砂埃も立っており、入口の印象が良すぎることもあってやや興ざめがした。
三瓶隧道IMG_3810
 気を取り直して隧道を引き返し、来た峠道を戻るバス停までの山道はまた静寂だった。上狭間のバス停に着くと、午前中に2本しかない卯之町駅行きの路線バスまでまだ時間があり、ちょうど反対方面行きのバスに時間が合ったので、乗ってみた。このバスが終点の三瓶まで行って、又ここへ折り返してくるのだ。県道の現隧道を抜け、結構長い距離の山道を下り、三瓶のバス停に着いた。入江の小さな漁村という雰囲気の町だった。

 三瓶隧道へ行く場合、私のように列車を利用する場合には、数少ないJR卯之町駅からの路線バスを利用するか、レンタサイクル(所在は調べていないが、古い町並みの残された観光の町なので可能性はあるだろう)となる。駅前にはタクシーも常駐しており、バスに乗り遅れた時などのために、タクシー会社の連絡先を聞いておくと良い、と感じた。
上狭間バス停 IMG_3788 
 その日は早めに松山市内に戻り、ホテルで紹介してもらった駅近くの寿司屋に行った。多くの地元客で和んだ好ましい雰囲気の店で、分厚く切ったハマチが美味しく、冷酒で酔いが回った。いつも隧道巡りの時はそうで、山歩きで汗をかいて水分を失っているので、ビールも酒もすぐ体に回る。本当はアルコールよりも先に十分な水分を摂らなくてはいけないのだが…。それで酔うのが、また、楽しいのだ。

※平成22年8月訪問

(後日追記)
三瓶隧道は、訪問の1年後、平成23年夏に国(文化庁)の登録有形文化財に指定された。また、最近では「ひかりケ-ブル」を隧道内に通し、地元の重要なインフラとしての役目も担っている。

These are the account of my travel for Mikame tunnel at Seiyo city, Ehime pref. in Shikoku area. It has been compression on 1917. So, Mikame tunnel has appointed national cultural asset by Japanese government.

#三瓶トンネル、#三瓶隧道、#mikametunnel、#tunnel、#有形文化財トンネル、#愛媛トンネル、#歩ける長いトンネル

「熊野古道沿いの大隧道」(旧逢坂峠隧道:大正15年建造、延長553m)
旧逢坂峠隧道 IMG_6964
秋本番の10月中旬、朝晩の山中は冷え込みも予想されたが、その夏はひどく暑かったので、寒くなる前の、しかも台風の来ていない週末、という絶好のタイミングの訪問だった。

隧道は、ここ数年、世界遺産として人気の高まった熊野古道の、それも特に歩きやすい中辺地(なかへじ)町の近露(ちかつゆ)とう集落に近いところにある。
JR紀伊田辺駅から熊野本宮へ至る国道311号線沿いには路線バスが運行されており、紀伊田辺駅から今回の隧道入口に近い「牛馬童子口(ぎゅうばどうじぐち)」へはバスで1時間10分ほどの距離だ。
しかし、東京から日帰りには無理があったので、今回は「道の駅」に宿を紹介してもらい、前泊して朝早い時間の訪問を狙うことにした。まるで槍ヶ岳の山頂でご来光を仰ぐかのようなスケジュールだった。
特急くろしお号 DH000002
紀伊田辺、といえば1年半前に訪れた旧深谷(ふかだに)隧道のゲートウェイでもあり、ずいぶんと素敵な隧道に恵まれた土地だなあ、と思った。
駅前のバスターミナルの切符売場で、懐かしい硬券の切符を買って、夕刻のバスに乗り込んだ。行先は「道の駅奥熊野」行き。旅行者にとっては、どこへ連れていかれるのか見当のつかないような行先だが、他に「高尾隧道」行き、という、興奮する行き先の路線バスも、ここから出発していて、行先はわかりにくいが、ミステリアスなローカルバスの味を感じるに十分だった。乗客はまばらで、車中の旅行者は私1人だった。
中辺路町近露の「月の家旅館」に1泊。その日の宿泊客は、イタリア人の青年、スペイン人青年、私えお含めて計3名だった。彼らはインターネットの口コミ情報で熊野古道の神秘性に魅かれ、初めての日本への旅行で、東京、日光、京都プラス熊野古道、というルートを選んだそうで、先の東日本大震災や原発事故の影響も心配することなくこの地を訪ねてきていた。
熊野古道のルートについてもなかなか詳しい知識を持っており、ネットという媒体の情報発信力の広さに改めて驚いた。
食事の際、お膳にあった「高野(こうや)豆腐」について「これは何か?」とイタリア人の青年に聞かれ、説明するのに苦労した。

翌朝は5時起き。宿のご主人から、隧道へ向かう古道の入口「道の駅中辺地」まで車で送ってもらうご厚意をいただいた。昨晩、ご主人から隧道まで車で送ることも可能であると云われたが、隧道に至るまでの山道を、どきどきしながら歩いて上ることに価値を感じているので、それは固辞した。
昨夕に路線バスで降りた「牛馬童子口」バス停の辺りがパーキングエリアになっていて「道の駅中辺地」の建物が小ぢんまりと建っている。
朝6時過ぎだからまだクローズしており、人影はない。車を下り、宿のご主人に一礼し、教えてもらった通りのルートをたどった。
バス停と熊野古道の散策ルートはほんの間近で、そのルートを左手へ行く。平安の世に、すでに盛んに行われていた「熊野詣」とは「熊野三山」、すなわち、熊野本宮大社、滝の景観で有名な熊野那智大社、新宮駅に程近い熊野速玉)大社の3つの社の参詣をさす。そして「王子」とは、ときの天皇の御幸の際、休憩所として設けられたスポットだとされており、現在は、それが集落の中にあるものもあれば、山中に朽ちかけたように、跡のみが残るものもある。
牛馬童子 IMG_7010
まだ陽が上っていない早朝の薄暗い杉の木立の中を、細い獣道のような林道が続くが、道標が行き届き、勾配の道も歩きやすく、地元の方々が苦労して散策用に整備されていることが見てとれた。とりわけ、前年秋の台風直撃時には、古道ルートの多くの箇所で被害が出たという。この熊野の地は明治時代にも壊滅的被害を及ぼす台風が襲っており、残念ながら台風との宿命的な巡り合わせがあるように思う。それだけに、辺りの大自然と調和させた必要最小限のルート整備が、いかに大変な取り組みかが偲ばれる。
鬱蒼とした森の中を上っていく。秋のハイキングシーズンの土曜だが、早朝なので、人っ気は全くない。20分程歩くと「大坂本王子」に着いた。鎌倉時代に設けられた小さな「笠塔」が森の片隅に残っているが、いにしえの天皇御幸時を偲ぶ賑わいは全く感じられず、辺りを森の静寂が包んでいる。高い杉木立の上のほうが朝日で黄金色に輝いてきた。
熊野古道 IMG_7008
すると、右手方向に旧国道、すなわち旧逢坂隧道のある旧道の白いガードレールが目に入った。宿のご主人にあらかじめ教わっていた、熊野古道ルートの山道が左右に分岐する地点に来た。左手が熊野古道ルート、そして右へ下りる細い道が、旧道へつながっていて「この道は、熊野古道ではありません」とちゃんと記した立て看板が立っている。まるで、「決してそっちへ行ってはいけないよ!」と云いつつ、“あちらの世界”へ誘惑しているように感じ、私は興奮を禁じ得なかった。
熊野古道から隧道を IMG_7005この先に… IMG_6960
勇を鼓して、右への道を下りると、わずか20mほどで、先程の白いガードレールが近づいてきた。雨風を浴びて白が剥げてくすんで見え、まもなくその旧道へ出た。すると、その左手に、それは、あった。馬蹄型の真っ黒い闇が、私を待っていた。隧道の入口から、入ってすぐの右上の壁面にかけて、朝陽が差している。はじめて見る、神々しい光景だった。
旧逢坂峠隧道 IMG_6969
旧逢坂峠隧道は、想像どおりの十分な長さの隧道だったが、直線で、分水嶺の勾配もほとんどなく、入口から出口がほんのりと見えるので、怖さはない。
隧道入口のいでたちも飾りっ気の少ないシンプルなもので、扁額はない。ポータルや側壁は石積みだが、隧道内部はモルタルやコンクリートでカバーされていて、雨漏りもない。坑門のトップの部分に鉾型の装飾が施されているのが唯一の洒落っ気だろうか。ただ、坑門まわりに、緑色の丸い小さな葉っぱがびっしりと付着していた。一般的に隧道の入口まわりに群生するシダの代わりに、ここでは丸い小さな葉っぱがポータルを覆っていた。
旧逢坂峠隧道の丸シダ IMG_6966
隧道の中を歩いてみると、路面は凹凸なく整備されており、隧道の中程にある拡幅部分も壁面にしっかりとモルタルが吹きつけられており、現役レベルの旧国道に感じた。後で宿のご主人から聞いた話だが、先の大型台風のときには、新道(国道311号線逢坂峠隧道)の一部が崖崩れの被害に遭い、この旧道(旧逢坂峠隧道)が期せずしてライフラインの役割を果たしたのだという。全国で旧国道の名だたる隧道がすたれ、閉鎖される例が多い中、たまたま地理的な条件が揃ったとはいえ、この長い旧隧道が、今なお地元の人たちの信頼を得つづけていることは、私のような愛好家にとっても、貴重な意義を感じる。
旧逢坂峠隧道 IMG_6994
ゆっくりと、ゆっくりと、そして懐中電灯を消して、隧道の中を進んだ。熊野古道ルートから外れた隧道で、しかも朝早くなので、誰も来ない。誰にも、迷惑は掛けず、大声を張り上げて唄った(私はいつも唄う)。唄っている最中、感激のあまり、涙がぼろぼろ、頬を流れ落ちた。3曲歌い終えたあたりで、ちょうど出口に達した。出たところで後ろを振り向き、隧道を前に、道の真ん中でひれ伏した。こんなことをするのも初めてだった。“隧道の神様”に一言、お礼を伝えたかった。
旧逢坂峠隧道 IMG_6999
隧道を出てすぐ右手に民家があった。
ゆうべの宿のご主人によれば、麓に住んでいる地元の方が所有する家で、今は番犬だけを置いているそうだ。その犬が、先刻から、私の大きな唄声に盛んに反応して、わんわんわんわん、しきりに吠えている。人馴れしていないらしく、私が近づこうとすると、すぐ後ずさりするが、やはり絶え間なく吠え続けている。私はしばらく、その辺で座って休憩した。
犬は一旦、吠えるのを止めていたが、今来た隧道を戻るときに私が再度唄い始めたら、途端に吠え出した。隧道の中から出口のほうを振り返ると、その犬が隧道の先に見える。
わんわんわんわん、私のことを見送ってくれているのだろうか。それとも何を伝えたかったのだろうか。でも、旧逢坂隧道で私の“唄”の観客が、一匹、居てくれて、ちょっと嬉しかった。
旧逢坂峠隧道と番犬 IMG_6989
隧道の十分な長さ、周囲の大自然と一体になって醸し出される風格。プラス熊野古道の千年余の歴史。さまざまな魅力に恵まれ、何より地域の人たちに、今も大切な存在として機能しているこの隧道は、一級品に価すると思う。帰りは熊野古道ルートを、ゆうべの宿のある近露王子まで歩いたが、途中、天高く伸びる杉の木々の合間からキラキラと陽が差し、何かが舞い降りてきたかのような美しさだった。
熊野古道から IMG_7014旧逢坂峠隧道 IMG_6971
その日は快晴の中、路線バスで熊野本宮大社へ出て参拝し、その後、再び路線バスでJRの新宮駅に出た。熊野本宮大社から新宮にかけての地域は、昨年の大型台風時に熊野川が氾濫し、甚大な被害のあった地域で、本宮大社とその周辺、さらに下流エリア、JR新宮駅の構内まで冠水し、交通機関は長期にわたり不通となり、ライフラインが分断された。その後1年が経ち、被害時の光景が嘘のように、町も村も、本宮大社も、もとの姿に戻っている。しかし、期せずして国道の“迂回路”として、災害時に重要な役割を発揮した旧逢坂隧道。その隧道を造った人々、その後、長きにわたって保守・維持し続けている人々に、敬意を感じてやまない。
旧逢坂峠隧道 IMG_6965
時は10月。「さんま寿し」の旬だった。本宮大社前の食事処で購入し、帰りの「スーパー南紀84号」の車内で、「プレミアムモルツ」の缶ビールと一緒においしく頂いた。それは、車窓から熊野灘が見えなくなり、三瀬谷(みせだに)を越えて、伊勢平野に出てからのことだった。
さんま寿司 IMG_7048
久しぶりの“流れる車窓”に目を凝らし、首筋が凝ってしまった。ほろ酔い気分のディーゼル特急の車内で、肩のあたりを叩いていたら、四日市のコンビナートの圧倒されるような夕景が見えてきた。
特急スーパー南紀 IMG_7044

I've visited Kumano-kodo on OCT.2012. This tunnel "Old osaka pass tunnel" has located near the Kumano-kodo. It has a long distance more than 500 meters. Ah, that breeze feels good...

#長いトンネル、#逢坂峠隧道、#逢坂峠トンネル、#tunnel、#熊野古道トンネル、#kumanokodo

※2012年10月訪問
(訪問される際は自己責任で、地元の役場に安全を確認されることをおすすめします)

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「K隧道」は、中国地方のTという静かな城下町の外れにある。
Tは狭い盆地だが、小さな町を取り囲む山々は結構深く、町の中心から徒歩20分程度で山の中へ分け入ることが出来る。その山中の一角に江戸時代のキリシタン殉教の地があり、今も小さな聖堂や墓地が残っている。「K隧道」は、その墓地のさらに先を上った所にある。
直根第2隧道へ IMG_5583

集落も途絶え、草生した細い獣道のような細い山道があったので、誘われるように登っていくと、まさに突然、草と苔で覆われた石造りのポータル(坑門)とともにドーンと「K隧道」が現れる。

実は、この初訪問の後にもう1度、この隧道を訪れたが、あまりの迫力に怖気(おじけ)づいてしまい、やはり「隧道」の入口から2,3歩入ったところで、引き返してしまった。何とも意気地がないのだが、隧道の入口から目の前に広がる暗闇は霧で霞んでいて、その中から冷気がこちらへ流れ出て、あたりを霊気の如く包んでいるのだ。来てはいけないところへ来てしまったような、とにかく早く立ち去りたい衝動に駆られる。それならわざわざこんな遠くまで来なくたっていいものだが、これが「怖いもの見たさ」か。

この「K隧道」の魅力を最大限に引き出しているのは、その見た目の“長さ”だ。市販の地図を見ると、かなりの長さがあるように思われたが、実際には200mあまり。入口回りの倒木などの荒れ具合が、怖さを増幅し、正しい長さを冷静に判断できなくなるのだ。しかし、国道や県道でもない未舗装の山中に、“素堀り”(コンクリなどの舗装ではなく岩を手仕事で掘った古典的な隧道)でこれだけの長さを感じさせる「隧道」は、実は多くはない。隧道の中は灯りひとつない真っ暗な状態で、入口から見ると、霧で霞んだ遥か彼方に、出口の光がほんの小さく見えている。この「K隧道」の内部はカーブのない直線で、その途中で峠の分水嶺を跨ぐ形になっているのだ。
   
この峠(K峠)は、隧道の先にある小集落とTの町を結ぶ古くからの峠道で、地図上でも「K隧道」と記載されている。興味深いのは、何ゆえにこのような世離れした隧道が、今なお存在するのか、いったい中を通り過ぎていく人はどのくらいいるのか、ということだ。町役場に聞いてみたところ、地元の人でも週に1人くらいしか通らない、ということで、確かに隧道の先に小さな集落はあるものの、現在はこの古い峠道とは別の車道が通っているため、この林道自体が廃道化しているそうだ。役場としても台風などの後の道の整備をほとんど行っていないらしく、旅行者の訪問をお薦めできる状態ではない、との話だった。

キリシタン殉教の地と墓地、廃道、そして素掘りの長い隧道…と、よくもまあこれだけのシチュエーションが揃ったものだが、私は霊感については縁がないほうなので、そっちのほうの怖さは感じない。
ただ、印象深いのは、「K隧道」の入口に立ったとき、霧の向こうから湧き出てくる、独特の“気”のようなものだった。その“気”を体に頂いたような感じがした。
たとえ隧道には2,3歩しか踏み入れなくても、峠から下りて、JRのT駅から列車に乗り、窓を少し開けて陽だまりの田畑の風景をのんびり眺めながら、そんな道々を思い出すと、ホッとして、缶ビールがすごく飲みたくなった。
由利高原鉄道 IMG_5622

※訪問時期:1988年、2008年
※上記の通り、この隧道及び林道は現在廃道化しており、残念ながら訪問は自己責任で、出来ればご遠慮いただきたいと思います。よって、隧道名も伏せていますが、その点お知りになりたい方は、当ブログへ書き込み願います。
次からは、”当時は歩けた隧道”をご紹介しますので、ご容赦ください。
(画像は「Tunnel Web」より一部を引用させていただき、また一部はイメージです)

#長いトンネル、#長い隧道、#トンネル、#隧道、#歩ける隧道、#tunnel

I've visited tunnl "K" in Chugoku area,
west Japan around 5 years ago. Unfortunetuly, We can go through with the tunnel by becoming to old. But I've fallen the shinning from the tunnel "K".