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ヨーロッパの古城の風格・愛媛県の三瓶(みかめ)隧道(Mikame tunnel at Ehime pref.)

「ヨーロッパの古城の風格・三瓶(みかめ)隧道」
(愛媛県西予市、大正6年建造、317m)

隧道を求めて、ついに四国へ渡ってきた。ところが、四国の魅力的な旧隧道は鉄道の線路から遠く離れた四国山地のなかに多くあり、山道を車で運転不可能な私には、そうした場所へ訪れることはできない。その中で、今回の三瓶隧道は、JR予讃本線の卯之町(うのまち)駅から距離的に近く、歩くのには手頃に思えて、8月の蒸し暑い日に訪れることにした。

 卯之町駅から三瓶行きの路線バスが、本数は少ないがあり、松山駅から特急「宇和海」の朝イチの始発で着いて、丁度いい接続でバスに乗ることができた。バスで盛夏の田んぼの中の道を走って15分足らずで、上狭間というバス停に着いた。
上狭間バス停 IMG_3787
 現在の県道260号線は現隧道(三瓶隧道)を経て、峠道を海へ下り、宇和海に面した入江の漁村・三瓶に至るが、バス停から、新隧道の手前を右折する旧道へ歩いて入った。
旧道 IMG_3789 
 杉の木立に囲まれた細い道は舗装されていて、左右にカーブを繰り返しながら徐々に高度を上げていく。回りの木々が杉から竹林に変わり、午前中なのに薄暗くなってきた。他の旧国道がそうであるように、車も人も全く通らないが、木々の間からバス停周辺の農家が少し見えている。実に静かな山道だが、過日、富山県の“池原三隧道”に行って凄い思いをしたので、この程度の孤独は過剰な恐怖には繋がらなかった。旧道といえども元県道の面影はあり、路面が比較的よく整備されていたので、その点も安心感があった。
旧道 IMG_3792 
 空は曇り、台風の影響でいつ雨が降ってもおかしくなかったが、聞こえるのは蝉時雨だけで、特に蜩(ひぐらし)の「カナカナカナ…」という鳴き声に懐しさを感じた。帰りのバスの時間も気になっていたが、もしバスに乗り遅れれば駅からタクシーを呼ぶ手もあるし、はるばるここまでやってきて道を急ぐのは勿体ない、と思った。私の隧道歩きは、若いころ体験したJR各線の“乗りつぶし”とは違う。今は、こうして自然の中を隧道目当てに一人で歩くのが好きだ。
 
 ゆっくりと歩いていると、路端に小さな道祖神が現れる。それも次から次へ、という感じで、さながら“道祖神参道”の態だ。道祖神のうちのひとつを見てみると、「終戦の地、復員32周年記念」と彫られているのが見えて、過去にこの道を、そしてこの先にある隧道を通って、当時の復員兵が故郷に帰ってきことを想起させた。そのような歴史ある道を、今こうして歩くことのできる幸せと平和に感謝し、道祖神が現れる度に手を合わせ、一礼して進んでいった。
旧道 IMG_3794
 歩き始めて30分ほど、前方が草むらで、いかにもこの先に隧道がありそうな「らしい」分岐が見えた。旧道に入って初めての車(軽トラ)が来て、その分岐を右折して過ぎていった。その分岐点まで差し掛かると、埃と泥にまみれた三瓶隧道の表示板が左に立っていた。いよいよ隧道の存在を確信して、分岐を左へ曲がると目の前に三瓶隧道が現れた。
三瓶隧道 IMG_3795
 一見して、端整な、と言うか、見事なまでに綺麗に積まれたポータルの煉瓦や、隧道内の橙色の灯りに、山中に似合わぬ爽やかな印象を持った。相変わらず、車も人も通行はなく、この隧道と一対一で向き合っている実感があるが、恐怖心が無いのは、大正生まれのこの隧道が、地元の方々の努力により、現在までよく整備されているからだろう。それに、蒸し暑い午前中の山中に、隧道の先から涼風がこちらへ吹き抜けてきて、なかなかに心地良かった。
落ちついて対峙して眺めても、ポータル部分の造りの美しさが際立っている。これは、立派な隧道だと思った。壁柱や迫石、そして坑内も、煉瓦で鮮やかに装飾されている。「大正6年10月竣功」とポータル上部の扁額に記されていて、大正モダンな洒落た雰囲気すら感じさせる。隧道は直線ながら延長317mとやや長めで、出口が小さく見えているので怖さはないが、隧道上部にいくつか設けられた照明は、橙色のレトロな輝きを放ち、昔のカンテラの灯りを思い出させる素敵な演出役だ。
三瓶隧道 IMG_3811画像
 隧道の内部にも煉瓦が精巧に積み重ねられ、開通から80年以上の時を経て、隧道は老いながらもなお美しさを放つ貴婦人のように佇んでいる。建設当時の匠の技と、その後の隧道管理者の努力の跡がひしひしと感じられた。人々から打ち捨てられた廃隧道とは違う“品格”があり、ヨーロッパの山中に佇む古城を思わせた。こんな素晴らしい隧道を早い時間から独り占めに出来る幸福。ここにいるのは、盛んに鳴く蜩(ひぐらし)と自分だけ。嬉しくて、隧道前の誰もいない道の上に、胡坐をかいて座った。隧道の奥からの心地良い風。ポータル上部の扁額は程よく苔に覆われ、辺りに鬱蒼と茂る杉林と相まって、入口付近はナチュラルな緑の香りがぷんぷんする。人生50年、今、ここで、齢80才を越える隧道を前に胡坐をかいている自分。ここはケータイも圏外で、今、自分も、日常の生活エリアから外れている。はるばる東京からやってきた甲斐があった。一刻も早く立ち去りたくなるような怖い隧道にも何度か来たが、これほど立ち去りがたい気持ちにさせる隧道に出会ったは初めてだった。
三瓶隧道 IMG_3813三瓶隧道IMG_3805
 路面の舗装状況も含め、ほぼパーフェクトな三瓶隧道だが、1点だけ残念なのは、隧道出口の先の道をを下った辺りに砂利採掘場があって、砂利トラックの走行音が少し耳障りなことだった。出口付近は砂埃も立っており、入口の印象が良すぎることもあってやや興ざめがした。
三瓶隧道IMG_3810
 気を取り直して隧道を引き返し、来た峠道を戻るバス停までの山道はまた静寂だった。上狭間のバス停に着くと、午前中に2本しかない卯之町駅行きの路線バスまでまだ時間があり、ちょうど反対方面行きのバスに時間が合ったので、乗ってみた。このバスが終点の三瓶まで行って、又ここへ折り返してくるのだ。県道の現隧道を抜け、結構長い距離の山道を下り、三瓶のバス停に着いた。入江の小さな漁村という雰囲気の町だった。

 三瓶隧道へ行く場合、私のように列車を利用する場合には、数少ないJR卯之町駅からの路線バスを利用するか、レンタサイクル(所在は調べていないが、古い町並みの残された観光の町なので可能性はあるだろう)となる。駅前にはタクシーも常駐しており、バスに乗り遅れた時などのために、タクシー会社の連絡先を聞いておくと良い、と感じた。
上狭間バス停 IMG_3788 
 その日は早めに松山市内に戻り、ホテルで紹介してもらった駅近くの寿司屋に行った。多くの地元客で和んだ好ましい雰囲気の店で、分厚く切ったハマチが美味しく、冷酒で酔いが回った。いつも隧道巡りの時はそうで、山歩きで汗をかいて水分を失っているので、ビールも酒もすぐ体に回る。本当はアルコールよりも先に十分な水分を摂らなくてはいけないのだが…。それで酔うのが、また、楽しいのだ。

※平成22年8月訪問

(後日追記)
三瓶隧道は、訪問の1年後、平成23年夏に国(文化庁)の登録有形文化財に指定された。また、最近では「ひかりケ-ブル」を隧道内に通し、地元の重要なインフラとしての役目も担っている。

These are the account of my travel for Mikame tunnel at Seiyo city, Ehime pref. in Shikoku area. It has been compression on 1917. So, Mikame tunnel has appointed national cultural asset by Japanese government.

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